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母は双子。身長146㎝体重は知らない。先に断っておくが、すべてノンフィクションである。大阪の日本橋西(旧広田町)で生まれた。双子のうち、先に外気を吸ったのは私の母である。が、妹だ。現代では先に出てきた方が姉になるが、昔は逆の考えだったそうだ。

一卵性であるため2人の顔や背丈は激似し、育てられ方も同じだった。おばあちゃんは38才にして8人目の子を産んだ。7回目の受精にして双子だとわかった時、さぞ、驚いたのだろうなと思うけれど、もはやその時の心境を確認する術はない。

おばあちゃんは7、8人目を自宅で出産した。病院で産むと、母子の見舞いに兄弟6人が自宅と病院を行き来することが、危ないという理由らしい。当時の日本橋は車の交通量が多い割に、信号機はほとんどなく、じゃり道だらけだったのだ。

昭和30年、38才にして自宅出産、かつ、双子ともなると、母体へのリスクがあったと思うが、優しくて頑強なおばあちゃんにとって、そんなことは関係なかったようだ。

双子姉妹の面倒を見るのは、基本的に長女。長女は友達と遊ぶ時も、毎日通った銭湯も、双子を乳母車に乗せて行った。ただ、長女であり子供でもあるため、遊びに夢中になりすぎて乳母車を忘れて家に帰ってきたしまった。なんてこともあったのだそう。

また、当時の乳母車は不安定であったため、双子のポジションが左右どちらかに偏ると、すぐに倒れてしまう。倒れた乳母車から転がっている姉妹は、同じ姿勢で同じ方を向いていて、長女はやっぱり双子だなと感じたこともあったのだとか。

食堂を営んでいたおばあちゃんは仕事一筋だった。そして、神様と町内の絆を大切にするおばあちゃんは、定休日の月曜日には毎週子どもを連れて石切神社に参拝しに行った。

木津市場に仕入れに行ったときには、食材を多めに買い込み、町内の方々にお裾分けして回った。自分の子どもの面倒をみてくれている町内の方々への感謝を込めてのことだったらしい。

双子の姉妹は兄弟に支えられ、母親と町内の方々に見守られ、ほどよく自由に暮らしていたようだ。

小学生にあがった双子は変わらず同じ時間を過ごした。同じ服を着て、片方がお腹を下せば、もう片方も。風邪も同じくだ。そして、ケンカした記憶はないのだそう。

限られた人にしか体験できない双子の世界を堪能していたようだ。唯一違うかったのは、妹は牛乳を飲めるが、姉はまったく飲めないことだった。

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小学校は学年2クラスなのだが、もう1組女の子の双子がいたのだそう。中学に上がると5クラスに増えたが、さらにもう1組男の子の双子がいたのだそう。どんな確率?

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双子姉妹は今も適時、連絡を取り合い、たまには家族ぐるみで集まり、仲良く付き合っている。異なる環境で暮らしているせいなのか、姿かたちは相違してきているが、笑い方だけはまったく同じである。そして、姉妹ともに2人の子どもを産んでいる。

私は次男。身長175cm体重65kgだ。虫カゴいっぱいになるまでセミを捕まえる。その虫カゴを家に持ち帰って母親が「ウギャーー」という反応を見て楽しむ、タチの悪い少年だった。

大阪市ではセミの種類は圧倒的にクマゼミが多かったが、たまに顔を見せるアブラゼミには大興奮した。68勝119敗ぐらいだったか。私の気持ちの昂ぶりを察するのか、アブラゼミは虫取り網と木の間をすり抜けた。

野球少年でもあった私は、日曜日になると大忙しだった。午前午後は白球を追いかけ、昼休みにはセミを追いかける二刀流選手。雨の日の屋内練習の日にゃ、セミの代わりにないてやろうかと、そう思うぐらい苦痛だった。

ある日、目的が何だったのか覚えていないが、家族で出かけた。ペンキ屋のおやじの車に揺られ、結構な時間がたった。車窓からは、田畑やあぜ道など風情のある景色があったが、その時の私にとっては、三半規管を狂わすうとましい風景だった。

その反面、不意にツクツクボウシの鳴き声が耳に入ってきた時は、車酔いなんてぶっ飛び、大はしゃぎした。私の中では幻の蝉だった。ツクツクボウシの住処は田舎の方だと子どもながらにわかっていたから、ああ、両親が遠くまで連れてきてくれたんだなあと、ツクツクボウシに出会えた嬉しさとともに、両親からの優しさを感じた。

しかし、ツクツクボウシには完敗だった。子どもの手に届く高さになかなかいないし小ぶりだし、難易度が高すぎた。

帰路についた時、ツクツクボウシの鳴き声を真似てみせた。しかし、ツクツクボウシとはっきり声に出してみても似てないし、口笛でも上手くいかない。鼻歌でも似せられない。トゥクトゥクボーシと口にしてみたり。ツクツクボウシとは鳴いていないのではないか…

結局、ツクツクボウシという名称が間違えているんじゃないかと思ったかどうかは、定かではない。今でも暑い日にペンキの匂いを嗅ぐと、あの夏を思い出す。

この音を聞いて子どもの頃を思い出された方、いつか乾杯しよう!

2019年10月17日、経営者となった。株式会社コウチ。社名の由来は、お察しのとおりだ。携帯アンテナの工事会社。今よく耳にする5Gである。5Gは「5th Generation」略語で第5世代という意味である。当然、第1世代から第4世代までもあった。簡単な流れを見ていただこう。

第1世代:1980年代、携帯電話誕生

第2世代:1990年代、アナログからデジタルに移行

第3世代:2000年代、携帯電話でのインターネット接続が可能になった

第4世代:2010年代、スマートフォンが台頭し生活が大きく変わった

ちなみに私がセミを追いかけていたのは第2世代。もちろん携帯電話など持っていなかった。固定電話が主流だった。

好きな子の家に発信したとき、電話口がその子の親だった時は気まずい。長電話の時は電話料金にも注意を払わなければならなかった。だから一定の時間が経ったらかけ直して、発信元を交替。お互いの電話料金を均した。

そこでも問題が発生することがあった。ほとんどの家庭で親機はリビングにあり、自分の世界で話すには子機を使うしかない。が、着信した時は親機が先に受信しベルが鳴り、遅れて子機が鳴る。この遅れの間に、お互いのパパママが受話器を上げてしまうことがあるのだ。

その時は、先ほどまでその子と話していたテンションなものだから「ほんでさあ、、あ、あの〜、○○ちゃんいますか?」と、変な汗をかいた。まあ、何かと「親」が絡む時代であったように思う。

第3世代は、携帯電話からインターネットへ容易に接続できるようになり、携帯電話が爆発的に普及した。私もこの潮流に乗り、ケータイを手に入れた。この時は、着メロが何和音であるかで良し悪しを決めた。私は8和音。16和音の友達のケータイを羨ましく思ったものだ。

第4世代は世界を激変させた。高速通信となったことによりスマートフォンが普及した。ドコモ、au、ソフトバンクはいち早く高速通信LTEの電波範囲を広げ、顧客を獲得する熾烈な争いとなった。

電波を発射するためには、アンテナが必要。そう、私の仕事だ。キャリアからの進捗確認では「なぜこの納期が遅れるんだ!」と罵倒を浴びせられることもあった。キャリアの担当者も同様、上司から納期に対するプレッシャーがあったのだろう。担当者が切羽詰まっていることをひしひしと感じた。

第4世代の黎明期は、俺は一生ガラケーでいい宣言する人が散見された。ただ、今や各キャリアが、ガラケーが使える電波はなくします宣言している。今現在、ガラケーが使えないのならもう携帯電話いらないという人がいるのなら、それはリスペクトに値する。

ちなみに私は、「ベストを尽くして失敗した時は、ベストを尽くしたってことさ」というスティーブ・ジョブズの言葉が好きで、初期の頃からiPhoneを愛用している。

テクノロジーの発展により、新種のSNSというものが世に送り出された。SNSもまた、双子を産んだ。「いいね!がもらえる子」と「いいね! がもらえない子」だ。

どうやらこちらは二卵性のようだ。お互い姿かたちは異なり育ち方も違う。「いいね! がもらえる子」はインフルエンサーと名付けられ、「いいね!がもらえない子」に名はない、その他だ。

繁殖力はインフルエンサーは弱いが「その他」は強く、たちまち「その他大勢」となった。いいねが別のいいねを呼び、インフルエンサーはもてはやされていく。

その他大勢は、どのいいね! に乗っかるのかが腕の見せどころ。これにいいね! している私ってセンスいいよねと言わんばかりに。そこに目をつけたのがSNSの運営側だ。

たとえば、花柄のワンピースにたくさんいいね! しているあなたは、このワンピースも好きだよねと商品を訴求する。すると爆発的に売れた。ビックビジネスの幕開けである。運営側はより細かな人間の動きを観察した。

引用元:サラ・フライヤー『インスタグラム:野望の果ての真実』(P163)

“フェイスブックは、ユーザーの挙動を事細かに記録している。どういうコメントを投稿したのか、なにをクリックしたのかなどはもちろん、書きかけたが投稿しなかった言葉も記録しているし、スクロールを止めて見たけどクリックしなかった投稿も記録しているし、検索したが友達になろうとしなかった名前も記録している。

そういうデータから、たとえば、仲がいいのはどの人なのかを判定し、「友達係数」と呼ばれる数字で仲の良さを表す。0から1の範囲で変動する数字で、1に近い人をニュースフィードのトップに表示したりするのだ。

ニュースフィードはもちろん、広告のターゲティングにいたるまで、フェイスブックはパーソナライゼーションの塊だ。ある商品を、高学歴でトロントに住み、ネコが好きな人には、そういう人に刺さるメッセージを添えて売り込み、バンクーバーに住むイヌ好きのブルーカラーには、また別の、そういう人に刺さるメッセージを添えて売り込むといったことさえできる。”

どうだろう。ここまで事細かに把握されていることに驚かなかっただろうか。私は鳥肌が立った。あなたが今、政治家の端くれブログを読んでいることも監視されていることだろう。

共感。これが富を生むのだと企業が、個人が、我先にと勤んだ。

世に送り出すネット記事は十中八九バズったと言われる元バズライター、塩谷舞さんは著書でこう記されている。

“誰もが言葉を発することができるSNSが普及し、「共感」という言葉が持て囃されて久しい。共感マーケティングが大切ですよ、だなんて声も多い。

けれどもそこで必要とされるのは、溶け合うような心の共鳴ではなくテクニック。大多数が「こうであって欲しい」と願う願望の中心点を見定めてから矢を放ち、SNS上での「私も!」「私も!」という共感の声を一箇所に集めてうねりをつくる”

こういった「いいね!至上主義」はよく目にする光景だ。彼女の著書のタイトルは「ここじゃない世界に行きたかった」である。現在、共感マーケティングの世界からは身を引き、note(ブログのような機能を持つSNS)で『視点』という定期購読マガジンで限られた読者に対して発信されている。

一方、共感マーケティングの世界で輝いている方もいる。その中の一人、ゆうこすさんを取り上げたい。

ゆうこすさんも本を出版している。その名も「共感SNS 丸く尖る発信で仕事を創る」。拝読したが、あっぱれだった。共感を得るための方法が事細かに記されている。途方もない努力の産物だと思う。

そして彼女は、ただのテクニックだけではない。自分の信念を貫いて、共感を得ている。得られる物がお金しかない仕事はしないのだ。SNSをしっかりとコントロールして、上手く利用しているのだと思う。

塩谷さんとゆうこすさんに共通するのは、自分の居場所を自分で決めているということ。

AIが計算した世界に惑わされることなく、自分自身と向き合い、自分の意思決定に基づき進むべき道を決めていると思われる。そして、彼女たちを支持する人もまた、AIに操られることなく、自らの意思で両者を応援しているのだと思う。逆に、自分の居場所が定まっていない内に、SNSの世界にどっぷり浸かってしまうと、時に悲劇を生む…

インフルエンサーが問題を起こした時は、瞬く間に火の海と化する。インフルエンサーAが不祥事を起こせば、今まで別のインフルエンサーを推していた者の中から、ほら見ろ私が正しかったのだとAを叩くものが現れる。

Aを推していた者もまた裏切られたとAを叩く。その盛り上がりを察知してメディアが取り上げる。フルボッコだ。インフルエンサーの中には自ら命を絶つ者もいる。悲しいニュースが多くないだろうか。

SNSは人の行動を細かく把握するが、見守ってはくれない。

厚生労働省のデータによると、日本は自殺率が世界3位。とあるサイトによると、若年層の死因1位が自殺。SNSによる影響は少なからずあるだろう。

SNSのルールブックが未完成のまま、急速に移りかわる時代に「ちょっと待て」と、警鐘を鳴らすべきなのかもしれない。

Netflix「監視資本主義:デジタルがもたらす光と影」の中で、SNSの製作側として働いていた方々が、警鐘を鳴らしている。Twitterのエンジニアリング執行役員、Facebookの収益化責任者、Facebook「いいね」の発明者。その他複数人を含むいろいろな声があった。

「働いている間は人の役に立つと思っていたが今はそうは思えない。」「SNSはすばらしい役割も果たしてきた。家族と再会できたり臓器提供者が見つかったり。しかしその隠された顔に我々は無知だった。」「誰もこんな結果は予想しなかった」

そして、出演者はみんな、問題点は?と聞かれても難しい顔をする。開発者でさえ予想できなかった状況に困惑しているのだ。もはや、テクノロジーの発展は誰にも止められない。ひとりひとりが自分自身でしっかりと制御しなければならない。

信号機がなく道路が砂利のインフラ整備が行き届いていない社会では、交通事故による死者が出てしまう。だけれど、インフラ整備が行きすぎると、実体のない世界(スマートフォンの中)で事故が起きてしまう。

お腹の中の赤ちゃんが早期に双子だと知れることはいいことだろう。遠隔医療が発展して、AIロボットによる自宅出産ができるようになるのも、その価値は高いだろう。バランス感覚のない乳母車は笑えない。ベビーカーが自動で障害物を避けてくれるようになれば、赤ちゃんは安心して眠れるだろう。

子どもからすれば、親の干渉はうざったいものだ。特にSNSに親が絡むことは嫌がられることが多い。しかし、親の目の届かない世界に子どもを放置すると、おおよそいい結果にはならない。世界中の天才たちが『人に時間を使ってもらうこと』を考え抜いて作られたSNSだからだ。気がつけば中毒になる確率が高い。利便性が高いテクノロジーを駆使しながらも、そっと距離を取ることも心掛けたいものだ。

夏休みに鳴くセミも、人間の遊びが変わったと寂しがっていることだろう。

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